はい、どうもマッド・デーモンです(怒られろ!😥)
ということで今回は最近の続きで、実家との家族関係のお話。
著者近影笑
先日は母の電話に出て、無事仲直り出来たわけですが、電話だけだとなんとなくまた直ぐ繰り返しそうな気がして心許なかったので、実家に顔を出してみる事にしました。
こんな感じで笑
予告しないで、夜に顔を出したんですが、母は嬉しそうに歓迎してくれて、色々な話をしました。
私の子供の頃の話、学生時代の話、学校を出てから家に寄り付かなくなった私に対して思っていたこと。
母と父の若い頃の話、私の知らなかった父の裏の顔?の話等々。
そしてね、私と揉めたこと、仲直りしたことを長兄に相談したらしく、その時の話も聞きました。
兄は私と違ってしっかりしていて、頭が良くて母の信頼も厚いですから、私と揉めた後に私と連絡がつかないので、心配で兄に相談したようでした。
私ね、自分では子供の頃や学生の頃、性別違和の自覚はあっても、殆ど表出していたつもりは無かったんですけど…
母の話を聞くと結構端々に表出していたようです🤔
振り返って、私自身は自覚が薄かった時期もあるし、自覚があってからは隠していたのもあるし、そんなに具体的に覚えてはいなかったんだけど、母の話を聞いていたら、あーそう言えばそんなことしていたな〜とか、そういうのが好きなの隠して無かったな〜とか…
まぁまぁ意外とゆるゆるで、時々表出していたみたいでした。
例えばね、すっかり忘れていたけれど、小学生から高校出るまで私が使っていた筆箱は、こんな感じのソフビっぽい生地のキキララのデザインで、色々なところが開くやつを使ってたとか。
母に言われるまですっかり忘れていて、聞いたら「あーそうだった!」みたいに思い出して。
学生時代は、ずーっと強面でやってきた記憶だったけれど、言われてみると実際は、こんな事を平気でしてたんですね🤐
母と私が電話で揉めて、泣き叫びながら感情を崩して携帯を壊したあの日。
私と電話が切れた後、母はどうしたら良いかわからなくて、兄に相談したみたいでした。
(母の相談相手が父じゃなくて良かったのかもしれません)
兄はね、母に対して私の事を、「あいつがGIDだなんてとっくに知っていたよ」って言っていたらしいです🤯
兄は昨年まで30年くらいカリフォルニアにいたからか、元々わりと知識があったみたいで、母にHRT治療や性別適合手術についても少し説明したみたい。
母は兄から
「◯◯は少し珍しいマイノリティではあるけど、お母さんが思っているより、結構そういう人はいる。」
「俺はとっくに知っていたから、◯◯が喜ぶと思って、肌に良いサプリとかあげてた。」
「向こうでは表出するのは割と普通の事だけど、ここは日本だし、家族にはなかなか言えなかったんだろうと思う。」
「だから、◯◯が自分を出せているってことは、あいつがよくよく考えて出した結論だろうことは考慮して上げてほしい。」
「あいつはとても恵まれていて、カミングアウトしてから友人や会社、周りの人に受け入れてもらえているし、ちゃんと暮らせている様子だ。そうではない人も沢山いる。」
「恵まれているあいつのトランスの障害は、老いた母親だけかも知れない。」
「◯◯を元町にでも連れて行って、お母さんと一緒に服でも見たらきっと喜ぶと思う。」
母からは、こんな感じで、兄に母が言われた言葉がどんなだったかを聞きました。(嬉しかったよ、お兄ちゃん)
兄に言われて、母は自分が私の唯一の障害だったのかと凹んだと言っていて、それを聞いてちょっと私も、なんだか母に申し訳ない気持ちに💦
私からはね、時代もあるし、私にも母にも知識が無かったし、知識を得て自覚がしっかりしてからも、カミングアウトについては何度も取り合ってもらえなかったり、否定されてきた事もあるけれど、私自身も昔は無理だと思っていたし、元々母もだけど父の方が難しいと思っていたし、兄はともかく次兄も難しいと思っていたから、母だけのせいじゃ無かったんだよって伝えました。
母は次兄も大丈夫だっただろうって言っていたけれど。
その後母がね
「私はさ、娘が欲しかったってずっと思っててさ、よく考えたら娘ができたんだなーって思ってね。
息子の嫁さんより娘が新しく出来た方がずっと良いなーって、お前のことを考えていて思ったんだ。」
って言ったんです。
この日実家にいくことはちょっと不安だった
息子のお嫁さんと私を比べる発言とかは、私が好きじゃない母の1面が出てしまってはいるけれど…
それでも、私の事を「娘が出来た」って初めて言ってくれたのは、とても嬉しかったんです。
多分母の意識の中ではね、本当は死ぬまで私は「可愛い息子」なんだろうなって私は思っていますが…
そうだとしてもね、口に出してそう言ってくれた事が、私はとても嬉しかったんです。
それから、父の生前の話をいっぱいして。
父の浮気まがいの行動で起きた夫婦危機の話や、父の仕事場での(自衛官時代)完全なセクハラの話(当時は問題にならなかったみたい😣)とか、私の知らなかった父や全然覚えていない父の話を聞かされて
「なんでこれが駄目だって男はわかんないのかなー?」
みたいな話を沢山しました笑
「パパの浮気で私が嘆いた時、兄達は父を擁護していたり三者三様の反応なのが面白かったけど、小さかったお前はパパを非難してママが可哀想だって怒ってた。
あの人はちょっと男尊女卑なところがあってね、
女は男より劣ってると思ってたんだ。
優しいんだけど、お前らには無理だから俺がやってやるみたいな目線でさ。
お前も優しいけど、お前はそういうところが全然ないだろ?
それは、私の教育の賜物かと思ってたんだけど…
お前が女だったからなのかもね笑」
と母は笑っていて、暫く2人で男女差みたいなことについて、思うところを話したりしました。
楽しく話しながら、質実剛健だと思っていた父の1面を聞いて、実は私ちょっとショックだったりしたけど😵💫
それから母に、沸いているからお風呂に入って行くように言われて、お風呂に入る事にしました。
お風呂の後で帰る前の私
今までも実家に行く度に、お風呂入っていけって良く言われていたんですけど…
私ね、以前書いたように、治療を始めてから変化していく身体のラインを見せるのは、母の機嫌を損ねてしまう気がしていたから、いつもお風呂は断っていたんです。
実家に行くときだけは、昨夏くらいまで、極力男性的にしていた感じでしたから。(だんだんと慣れてもらうように少しずつ頑張って変化させてはいましたけどね😶🌫️)
お風呂はね、勿論例え家族でも、身体のラインを見られるのがちょっと恥ずかしい気持ちもあるのも事実で。
だから今回の決断は、私にとってちょっとした思い切りが必要だったのですけど…
ここ最近でこんなに話して、母の受け入れ方も変わってきているし、私の身体の事をとても心配してくれているから、ここは入った方が良いかなって思ったんです。
別に全裸を見せるわけじゃないし、お風呂上がりの薄着での身体のラインやなんかを母が目にすることになっても、実感として私が治療しているんだなって事も母に伝わるのかなって考えて。
母がショックを受けないか、ちょっとだけ不安もあったけど、いずれ分かることだし、そうしたらまた沢山話して、時間をかけて分かってもらえば良いかなって腹をくくって。
幸い、母はお風呂上がりの私を見て
「胸も綺麗に出ててよいねー。」
「私のはもうたれちゃってがっかりだよ笑」
「昔は胸の形が綺麗で、可愛くて好きだってパパに言われてたんだ。」
みたいな謎の自慢話を聞かされて、2人で笑ったり出来ました。
お父さんの話はちょっとショック
今後また、母の私への捉え方が、後戻りすることもあるのだろうと覚悟し直していたけれど、あまり絶望的な後退はしないでいてくれそうだなーって、少し安心出来た夜になりました☺️
お風呂の後に母から「お前は綺麗な顔してる」っていわれたの。
まぁ今回も、もっと早く明かしてくれればって何度も言われてしまっだけど…
もうおばちゃんでゴメンよ🥲